『蒲生邸事件』 宮部みゆき

シックスセンス』のナイト・シャマラン監督は、映画学校で、

『編集に悩んだら、大好きなカットから順番に切っていきなさい』

と、こう教えられたとか。

 

なるほど、

なるほど、

 

思い入れが、判断を狂わすということかな?

 

 

テレビドラマを見ていて、登場人物が次に吐くであろうセリフの予想が、

付くようなドラマは、見ていて面白くない。

そりゃそうだ!

その一言を、脚本家は苦しみぬいて、寝ないで、書くのだから。

2秒や3秒の間で、素人に予想されるような陳腐なセリフじゃ、

プロの脚本家とは言えない。

 

蒲生邸事件を読んでそんなことを考えました。

 

読者の期待を良い方に裏切る。

本作品は、まさにそれ。

 

 

蒲生邸事件 (文春文庫)

 

 

歴史モノでは、

織田信長は、本能寺で明智光秀に討たれる。

 

広く知れ渡った『情報』だ。

広く知れ渡った『事実』ではない。

だって、見てないもんね。誰も。

 

本能寺で討たれなかったら?

生き延びていたら?

とすると、歴史モノから、歴史ミステリー物になる。

 

日本Sf大賞を受賞したこの作品。

『蒲生亭事件』

後ろの解説には、二月二十六日の未明の火災で、

昭和十一年のまさに2・26事件が起きようとしている場所にタイムトリップした。

かいつまんでそんな事が書いてある。

キーワードは、

『SF』

『蒲生亭』

『タイムトリップ』

の三つ。

 

事件とか2・26は、その次。

 

宮部作品の、振り幅の広さは、読者ならば周知の事実。

・・・・てっきり、

SFタイムトリップ物というジャンルにくくってしまった自分がいた。

既にそこでやられた。

勝手にやられた感が、無くもないが、やられた。

 

これは、まさにヒューマンドラマだ。

 

2・26事件の知識と言ったら、

雪の日の未明に、誰かが、軍部か?政府か?何かにクーデターを起こした。

そんなくらいしかない。映画の知識にかぎりなく近い。

 

恥ずかしい。

日本の歴史教育を受けた人間の持つ弱点。それが近現代の日本史。

 

想い出す、

小学校六年生の時の担任の福島正章先生。

声のでかい、いい先生だった。

そういえば、地図帳貸したままだ。思い出した。

自分で、福島正則の子孫だといい。一字違いで確かに似てるがもちろんウソ。

鉄筋コンクリートのことを、鉄コン筋クリートといい。

林檎の蜜は、農家の人が、注射針で挿入している。もちろんウソ。

いろんな事、いっぱい教えてくれた。

会話の楽しさや、ユーモアとか、毒舌とか、

大人への階段を、少し広げてくれた、忘れられない恩師。

 

歴史が好きで、一年間のカリキュラムの半分くらいを、

戦国時代の勉強に費やしてくれた。

おかげで、戦国武将の名前はたくさん覚えたし、好きな武将も増えた。

 

後に司馬遼太郎の『関ヶ原』に出会えたのも、福島先生の

影響なくしては、出会えなかった。

 

半年以上、戦国時代だけの授業ってすごいよね!!

今ならありえない。

しかし、先生の話の面白いこと、楽しいこと、よく知ってること。

勉強って楽しいなぁって、唯一思えた時間かも知れない。

 

だから、僕は、

土器の時代も、平安京の時代も、明治維新以降ももちろん苦手。

 

しかし、それは、弊害では無い。

 

だって、歴史の面白さ、戦国武将の人間的魅力、うまくいかない時代の流れ

などたくさんのことを教えてもらった。

 

 

 

当然、この作品の、2・26も蒲生も良くは知らない。

 

知らなくても構わない。とでも言わんばかりに、作者は物語を進めていく。

小難しい、事件の背景などは最小限にとどめ、

 

人って?

 

時代って?

 

その時代に生きる意味って?

 

そんな、根源的な問いを投げかけてくる。

 

あるときは、平田に喋らせ、

あるときは、ふきに語らせ、

 

タイムトラベルと2・26事件という小道具を使いながらも、

宮部みゆきは、大切なことを教えてくれる。

しかも、恩義せがましくなく。

(女性作家だからなのかなぁ?ふとそう思ってしまう)

 

この物語は、ハッピーエンドなのだろうか?

それとも・・・・

 

 

読後感は、素晴らしく良い。

 

だから、いろいろあるけど、ハッピーエンドなのだろう。

 

自業自得とも言える駆け落ち組の二人以外は、

まずまずの人生を送ったようだし、

読者の皆が好きなふきさんは、幸せだったようだ。

 

 

様様な人と出会い、二つの時代を生き、稀有な体験をした、

主人公の尾崎隆史。

18にしてこんな経験してしまって、歪まないといいけど・・・。

 

 

ふきが、手紙に綴ったように

この世知辛い、平成の世を、どのように生きていくか、

非常に楽しみだ。

そして、頑張って欲しい。

 

 

 700頁弱という長編ですが、非常に読みやすく、

感情移入もしやすい。

積ん読してあったのが、もったいないくらいです。

 

 

暖かい、いい作品でした。

 

 

 

 

 

 

 

2016.12.15←討ち入りだねぇ                続く