『悪の教典』 上・下巻 貴志祐介

ネタバレがあります。『悪の教典』未読の人は、読まないでください。

 

 

 

 

 

 

 

映像作家が、映画化しようとする小説作品は、

傑作である?

 

 

 

〇か✖か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは、わかりません。

なぜなら、映像作家ではないから。

考えるだに、低コストで(これ考えるのは制作プロデューサーか?)

映像化しやすく、

ノリがよく、

時代に乗っていて、

わかりやすい。

 

こんなところかなぁ?

 

大好きな、歌野晶午さんの『葉桜の・・・』は、

映像化されてないですよね。

登場人物も少ないし、

現代劇だし、

コストもかからないし、

 

でも、この作品最大の魅力のトリックの映像化は、難しいのかな?

まぁ、映像化を考えてる人いると思いますけど。

もしかしたら、映像化したら、『陳腐』になるかもという心配はありますな。

 

少し前、テレ東で山本兼一作『利休にたずねよ』の映画を放映してました。

未読ですが、腐っても直木賞受賞作。

 

 

映像作品は、なんとも時間の流れを感じさせない、

しかも、演出の緊張感が最後まで一貫して続くいい作品だと感じました。

ブルーがかった、映像にも惹かれました。

原作未読なれど、成功した映像化ではないだろうか?

 

前置き長いですが、『悪の教典』も、映像化されています。(現時点未視聴)

なにに、食指が動いて映画化されたたか?

その原作は、上巻下巻ともに450ページですから、上下900ページ超の長編です。

そもそも、900ページの映像化って2時間では、難しいのでは?

 

上巻の感想と下巻の感想が、全く違います。

その点は、良くも悪くも、加藤廣『信長の棺』に似ています。

 

上下巻をさらに2つに分けると、4つに分割されます。

 

上巻の前半。

借家のカラスの殺害や、大家の犬のダークサイドな面はあったにしろ、

晨光学院町田校での主人公蓮見先生の評判その他、なかなかにいい雰囲気で学園生活が、

遥か遠い、僕の昭和の懐かし思い出とともに羨ましく思われる。

実際僕は、男子校だったけどね!!

 

しかし、作者が、あたたかく、やさしい、言葉や文章を避けていることによって、

楽しそうではあるけど、なにやら、心に、不安を感じさせる、

プロローグであることを知ります。

 

男女の差はあれど、ここで、引っ掛かります。

 

『ハスミン』

あえてこのような、アイドルのようなカタカナ呼称で、

身近に感じさせ、モテモテの男性教師に

僕でさえ、好感を持ちます。(好漢か?)

そこが、作者のうまいところ。

 

 

上巻、後半。

学院の教師や個々の生徒たちににスポットライトが当たり、

ダークサイドな面が、明らかになっていきます。

 

しかし、男性読者(オレだよオレ!!)は美彌との禁断の恋に、

作者が、一所懸命伏線を引いているお仕事を、

見逃してしまいます。

 

だって、男性教師と高校二年生の恋愛なんて、

それはそれは、魅惑的でしょ!

 

 

 

終いに、それは無理でしょ!!!!

と思わせるほどの、ミステリー初心者の僕でも突っ込めるほどの

安易な殺人を電車内で起こします。

印象的な、校長のスピーチは置いておいて、

下巻はこれで閉められます。

この安易な、殺人が、読者を困らせます。

この殺人当然見つかるでしょ?

 

大丈夫??

 

 

 

どうなるの下巻?

 

しかし、読んでいて、本当に楽しい。

 

ここでの、読者としての下巻への期待感は、すこぶる高い。

 

こんなに飛ばして、下巻どうなっちゃうの???????

 

でも、飛ばしすぎて、着地に失敗する作品は、いっぱいあるからね!!

気をつけてよ!

 

 

でも、すぐに、下巻のカバーを外して読み始める自分がいた。

 

下巻の前半は、明らかに下巻後半への助走だ。

 

上巻後半のほのかな期待を、ことごとく打ち破っていく。

 

サクサクと、物語は進んでいく。

 

歴史小説読んでいて、しまった、また、時代の解説かよとか、

両家確執の説明とか、資料を持ち出されると、

しかも、その説明が、長きに渡るとうんざりする。

 

悪の教典』はそんなことは一切ない。

ストーリーが放り出された矢のようにストレスなくすごいスピードで

突き進んでいく。

なんとなく、変な方向に進んでいるも、乗った船を降りることはできない。

 

そう感じるのはなぜだろう。

 

なぜなら、少しだけ、心がブレーキを引いてるから。

 

進む方向が分からない。

 

不安である。

 

大丈夫かなぁ?との疑問符を吹き飛ばすかのように、

 

下巻後半、 

 

主人公蓮実聖司は、高らかに、

 

クラス全員の殺害を予告する

 

しかも、作者は、

 

急に、

物語を時間で縛り始めた。

 

なぜかはわからない?

今は何時であるかを、読者に問い続ける。

あと何人殺せば、宿題を終わらせられるかを問いかける。

急に殺戮ゲームに変わった。

小説からゲームへの脱皮だ。

 

これって、もしかして、高見広春

 

年代的には、ほぼ8年前出版の『バトルロワイヤル』

さんざん、真似されてきた作品へのオマージュとも思えない。

 

 

あとは、

 

殺すだけ!

 

 

ただ、それだけ。

 

そこには、ストーリーの遅滞のないスピードだけが、重要視される。

 

この、上巻との明らかに違うスタンス、コンセプトには、違和感を覚える。

 

この下巻に対する違和感は、最終章のくだらないダジャレに収束する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 900ページ読ませといて、これはないんじゃないかな?

 

実は蜘蛛でした!みたいな

 

 

 

 歴史小説も、殺戮は常に存在する。

毒殺もあれば、忍びによる、静かな殺人も多々ある。

毒殺された殿様にも悲しんだ家族がいる。

てごめにされた、農家の娘にも、悲しむ親が居る。

 

ユダヤ人にも、朝鮮人にも、殺められた人には、みな、親が居る。

アウシュビッツの悲劇は、二度とあってはならない。

 

当たり前のように、明治維新以降日本は、領土拡大のために、

海外でたくさんの血を流させてきた。

日本が、アジアで繰り返してきた、非道の様は繰り返してはならない。

ここに帰結する気はないが、広島長崎の二の舞はごめんだ。

 

大東亜戦争に突き進むにおいて、

 

『洗脳』は、

 

政府において、重要な政略であった。

 

 

『洗脳』

 

 

 

『洗脳』

 

 

 

 

 

『洗脳』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス全員皆殺し。しかも教師が。

このような小説を読んで、

平成の子供たちが、

校庭で、サッカーも野球もせず、

これまた、殺戮のゲームに興じてる。

太宰も夏目も三島も読まずにこんなことしてる。

 

別に、重松でも、辻村でも、万城目でもいい。

 

日本は、大丈夫だろうか?

 

 

仕事柄、

 

 ここ10年、子供と親たちが変わってきているのを目の当たりにしている。

 

親は、しつけない。しつけられない。しつける気もない。

子は、考えない。考える気もない。我慢できない。

 

どこかで何かを変えないと、

 

悪の教典』のようなことが、本当に起きるかもしれない。

 

夢見事ではなく、近くの学校で。

 

大人が、考えなくてはいけない。 

 

 

 

 大人の努力が、多摩川に鮭を呼び戻したように、

日本が、長崎以降戦争をしていないように、

 

子孫に対して、

きれいな空気と、きれいな水と、適正な温度、を

残してあげないといけない。

 

それには、何にもまして素敵な心を伝えていかないといけない。

 

 

 

素敵な心を伝えていかないと。 

 

 

 

 

 

2016.12.26                          続く

 

 

 

 

 

 

 

『凍える島』 近藤史恵

 以下、思い切りネタバレありますが、文字は薄くしてあります。

ネタバレと思しきは、すべて黄色い文字で処理しています。

読み進めると、最下段に、驚きのオチがありますが、

それは黒文字ですので、ネタバレではありません。

ものすごく、主観的で、読んでいて、腹が立ったり、気分を損ねる

可能性があります。

『凍える島』またはその作者

が好きな人または読んでみたい人は、読まないでください。

 

 

 

 

凍える島 (創元推理文庫)
凍える島
近藤史恵

 

 

 

 

 

 

 

 

 『えっ?なんですか?この作文?』

 

 

 

 

クローズドサークルものが好きで、

調べてみたら、

なかなかの評判と、

第四回鮎川哲也賞受賞作だというので、

期待して読んでみた。

 

しかも、

 

大いに感動させてくれた、『秀吉の枷』の後に。 

 

おい、頼むよ!!

 

 

 

 

もしかして、

自分の読み方が悪いのですか?

なにか重要な、ことを、読み逃してますか?

それとも、大きな落丁でもありますか?

 ましてや、乱丁なんてないよね?

 

 

 

まず、

昭和初期のカタカナ表記が気になって仕方がない。

途中、なにかのトリックかと、読み返しました。

実は、昭和初期、もしくは大正の話で云々・・・

 

『我々がカレーライスと呼んでいたものは、実は、ライスカレーだった!』みたいな

 

そんなこともない。

 

 

島には、電話もない。

携帯電話とかも出てこない。(1993年度作品だから仕方ないかも)

 

ネタバレ(は、以下この色で)

鍵は、壊れちゃうし、

心臓はえぐり取られるし、

鍵は海に投げちゃうし、

洋服燃やして、水着になっちゃうし、

 

なんだこれ!

 

 

しかも、

文中の会話の中で、

彼我の関係がよくわからなくなります。

 

読んでいて、何故か急に、話の変換(進行)が起き

戸惑うことがしばしばあります。

なにかの表記が抜けている感じがします。

場所であったり、時系列であったり・・・・

それが狙いではないように感じます。混乱をきたします。

 

本名と呼称、あだ名と入り組みます。

これは、自分の理解不足もあります。

 

いかにも感たっぷりな、うたや、楽器や、宗教的銅像などが出てきます。

 

 

しかも、人物描写が浅く、共感しづらいです。

かと言って、状況描写もあまりなく、

会話主体で、サクサク読めます。

サクサク感は、大好きなので、そこはおすすめです。

サクサク感と、文章の上手い下手は関係ないけれど。

 

完全に、後ろ(トリック)から書いていったんだな。当たり前だろうけど。

前に、前に、付け足し、付け足し、で。

導入の、ワクワク感のようなものが全くと言っていいほど感じられない。

だから、読んでいて文学って感じがしない。

 

字を目で追う < 文章を読む < 本を読む < 文学作品に浸る

 

字って感じ。

 

 

 しかも、心臓えぐっといて、あまり意味なく、怨恨も弱い

心臓えぐるって、『末代までの祟り』的な

思いがないとできないんじゃないかなぁ??

やったことないから、わからないけど。

 

 

もう、ラスト近く、

 

もしかして、本当に犯人はあなたなの?!と読んでいて、

どこかで、ひっくり返ると思ったら、

 

 

驚きの、しかも驚天動地の、血管からうんちが出そうな、

目玉も飛び出さんばかりの、

平成の世の中に、織田信長がまだ生きていた!的な

 

 

すんごく 衝撃的な、

 

最終章のさっぱりした 出だし。

 

 

以下2行引用

 

翌日の夕方になると、管理人さんがやってきた。彼が、ここで、何が起こったかを聞くと、(改行

ひどく驚いていた。

 

 

 

 

えっ?

 

そんだけ?

 

どんだけ?

 

無人島で、3人も4人も死んでて、一人は顔が判別できないような死に方で、

一人は、心臓をえぐられてて、あと、二人怪我してるっていうのに、

 

このくらいの驚きって、

 

どんな管理人さんなの???

 

自分が管理してる土地での、殺人事件だよ!

郷ひろみ樹木希林の『林檎殺人事件』じゃないんだよ!

 

 

犯人だって、さぁ、

どえらい思いして、死体引きずったり、

包丁に血糊つけたり、

火をつけたりして、せっかく頑張ってるのに、

 

そりゃぁ、ないよね。

 

決定しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

犯人は、

ずばり、

管理人さんです。

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。もう、どーでもいいです。

 

 

 ほんとうににごめんなさい。

 

 

2016.12.22                      続かないかも )汗

『秀吉の枷』 上・中・下 加藤廣

文庫で、上・中・下 巻に及び、

約1,000ページの大作です。

いやぁ、あっという間に読み終わりました。

良くも悪くも『司馬毒』に犯されてるので、

 

家康は嫌い。

信長と秀吉は好き。

三成はもっと好き。

 

大雑把に、こんな感じ。

 

・・・個人にスポットを当てた小説よりも、

関ヶ原』とか

『城塞』

真田太平記

等の一族や戦いを描いたものの方が、好きなのかもしれない。

 

 

秀吉の枷〈上〉 (文春文庫)
秀吉の枷〈上〉
加藤廣
 
 

『秀吉の枷』は、文句なく傑作である。

しかし、読後感はよくない。

何しろ、秀吉がかわいそうに思えて仕方ない。

その後ろで、嫌いな家康が笑ってるようだし・・・・。

 

 

男として子を成せないと知ったときはどうだろう。

30代の頃、サラリーマン時代。

親会社の仲良くしていた同い年の同僚に、

まさにそのことを、呑み会の席で打ち明けられて、

絶句した覚えがある。

病院に行って判明したとのこと。

二の句が告げなかった。

 

秀吉の女好きを、

おたふく風邪の後遺症で子を成す可能性が低い、

裏返しと捉えている。

作者の優しさか?

中巻後半から、やけに、子作りに関して筆を割くので、

男として、悲しくなってきたのは事実。

 

あぁ、

 

嗚呼、

 

あゝ、

 

書くの難しい、

 

 

秀吉の枷〈中〉 (文春文庫)
秀吉の枷〈中〉
加藤廣
 
 

秀吉の生涯なのだから仕方ないとは云え、

 

 

子が成せず、

秀次を亡き者にし、天涯孤独になり、

やっと出来たと思うたら、不倫の子、

 世間では、それが周知の事実であり、

数々の悪行から、腹心たちもいなくなり、

体も思うように動かなくなり、

不倫の子を、我が死後『頼む』と

家康ごときに頭を下げる。

 祢々に手を取られながら、

意識薄れていく中、

秀吉は何を思ったろう。

いい人生だったのかな。

 

 

それは流石に、いい思いもしただろう。

それも、気が狂わんばかりの忙しさの代償かも知れない。

常に暗殺を意識して過ごす人生。

いか程のものか。

 

 

秀吉の枷〈下〉 (文春文庫)
秀吉の枷〈下〉
加藤廣

 

 

物語も終末近く、

前野将右衛門は、武士としてでなく、忍びとして、

ひとり寂しく自害して(毒を飲み)果てた。

 

秀吉は、祢々に手を取られながら死んでいく。

 

この作品を、読む限り、

 

前野将右衛門のほうが、幸せだったように思えてならない。

 

 

 

 

 

『死』

 と

『老い』

 

に関して、久しぶりに考えさせられた。 

 

 

 

 

 

 

最期に、枷の意味を

 

〇 枷 (かせ)

 

罪人の首や手足にはめて自由を束縛する、昔の刑具。

転じて、人の行動を束縛する邪魔物。

 

 

題名も素晴らしい。

 

 

『秀吉の枷』

 

 加藤廣 渾身の傑作である。

 

 

2016.12.22                       続く

 

 

本探し

本を探すとき。

 

①自分の未読の棚から。

②書店で。

③皆様の感想から。

 

最近は、③の皆様からの情報が一番になってます。

 

商売抜きで書いているので、辛辣だったり、べた褒めだったりと、

ある程度、引き算して読まないといけないとは思いますが、

正確な情報としてそこにあります。

 

ミステリーでも、歴史ものでも、

 

コテンパンに書く(批評する)人がいますが、

 

流石によく読んでるなぁと感心する反面、

 

そこまで理解力があると、よほどの本でない限り、

 

『感動』から遠くなってしまうのではないかなと、

 

思います。

 

映画の批評もしかり。

 

曰く

 

『史実と違う』

 

誰の史実だよ! 見たんかい?

 

『つじつまが合わない』

 

解釈の違いじゃないんかい? 感覚の差じゃないの?

 

とか・・・・・

 

僕が、作品、

 

小説だったり、ドラマであったり、映画であったり、音楽であったり・・・・

 

 

一番に、重きを置くものは、

 

 

『面白いかどうか?

 

 

『楽しいかどうか?

 

 

ですかね。

 

いいじゃん。

 

信長が、本能寺の変の後も生きてても。

 

義経が、逃げ延びて、モンゴルに行っても。

 

殺人犯が、空中に浮いてても。

 

家康が、影武者だったとしても。

 

自衛隊が、戦国時代にタイムスリップしても。

 

 

 

 

『楽しきゃいい!』

 

 

 

たかが娯楽・・・・。

 

 

 

 

逆に、楽しめないと損だな。

 

 

 

 

 

悲しいことに、記憶力がびっくりするくらい悪いから、何度でも味わえるしな。

 

 

 

 

 

 

2016.12.21                       続く

『のぼうの城』上・下 和田竜

大好きな本が、一冊増えました。

 

感謝です。

 

①テレビで映画を見た記憶が有り、なかなか良かった。

夜の古城でのぼうが歌い踊るシーンが印象的でした。

②表紙イラストと装丁が良かった。

③歴史物にしては、それなりのページ数で、ちょうど良さそう。

本屋大賞2位

真田丸でも忍城出てきたなぁ。

 

こんなミーハーな、条件から本屋さんで買ってきました。

 

 

のぼうの城 上 (小学館文庫)
 
 
 

読み始めたら止まらないとは、このことですね。

結局、一晩で読了。ほぼ徹夜。

15日に読み始めて、今日は、12月16日。

一日、早けりゃ、討ち入りだっツーの。

 

あっさりしてると言わば言え。

されど、このさくさくな爽快感、スピード感たるや、

他の歴史小説からは得られない快感。

大好きな、池宮彰一郎さんの『本能寺』の説明の多さに辟易して

下巻途中で止まっている身としては、

この、エンターテインメント歴史小説最高!!

 

 

そもそも、忍城に関してそんなに知識がありません。

戦国モノ、特に秀吉絡みの小説には、必ず出てくる話でしょうが、

読んでいて、出てくる数多の合戦の一つとしての認識があればいい方かと・・・。

 

 

 

のぼうの城 下 (小学館文庫)
 
 
 

三成メインの小説ならば、忍城も結構掘り下げて出てくるはず。

30年も前に、読んだ司馬さんの『関ヶ原』・・・・・当然記憶なし。

 

ですから、全てが新鮮。

どんな解釈されても、そうなんだと感心しきり。

だからか、登場人物がみんな自由!

キャラが濃い。

和泉なんか、ページからぽんと出てきそうなくらいの実在感。

そんな濃い人物たちが、所狭しと動き回ります。

 

 

侍だからとか、武将だからとか、一切関係なく

たまたまその時代に生まれただけ!

そんな感じで、ひとりの人間としてページからはみ出て動き出します。

 動き出して、絡み合っていく、

面白いに決まってます。

 

まさに、作家冥利。

 

そして、読者冥利。

 

 

本当の開戦は下巻なのですが、

そこに至るプロセスも、余計なことをグタグタと書かないので、

物語を読み始めるとすぐに忍城での戦いにつながっていきます。

若干の説明はあるものの、短めで、くどくない。

作者もたまに出てくるものの、しつこくない。

時代背景に筆を割かずに、会話やストーリーの推進力に筆を費やしてくれてます。

 

そこが、非常に好みで、本作品の持ち味、サクサク感になってます。

 

いろんないいシーンがあるものの、

上下巻約400頁を、

読み終えての、満足感が素晴らしいです。

 

作品の最後に、

さすが脚本家と思わせる、

登場人物のその後を、紹介していきます。

全く陳腐さはなく、

最後、人でなく、城で締めるところが

心憎い、演出でした。

 

こういう本に出会えて幸せ。

和田竜先生、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

2016.12.16                         続く

 

 

 

『蒲生邸事件』 宮部みゆき

シックスセンス』のナイト・シャマラン監督は、映画学校で、

『編集に悩んだら、大好きなカットから順番に切っていきなさい』

と、こう教えられたとか。

 

なるほど、

なるほど、

 

思い入れが、判断を狂わすということかな?

 

 

テレビドラマを見ていて、登場人物が次に吐くであろうセリフの予想が、

付くようなドラマは、見ていて面白くない。

そりゃそうだ!

その一言を、脚本家は苦しみぬいて、寝ないで、書くのだから。

2秒や3秒の間で、素人に予想されるような陳腐なセリフじゃ、

プロの脚本家とは言えない。

 

蒲生邸事件を読んでそんなことを考えました。

 

読者の期待を良い方に裏切る。

本作品は、まさにそれ。

 

 

蒲生邸事件 (文春文庫)

 

 

歴史モノでは、

織田信長は、本能寺で明智光秀に討たれる。

 

広く知れ渡った『情報』だ。

広く知れ渡った『事実』ではない。

だって、見てないもんね。誰も。

 

本能寺で討たれなかったら?

生き延びていたら?

とすると、歴史モノから、歴史ミステリー物になる。

 

日本Sf大賞を受賞したこの作品。

『蒲生亭事件』

後ろの解説には、二月二十六日の未明の火災で、

昭和十一年のまさに2・26事件が起きようとしている場所にタイムトリップした。

かいつまんでそんな事が書いてある。

キーワードは、

『SF』

『蒲生亭』

『タイムトリップ』

の三つ。

 

事件とか2・26は、その次。

 

宮部作品の、振り幅の広さは、読者ならば周知の事実。

・・・・てっきり、

SFタイムトリップ物というジャンルにくくってしまった自分がいた。

既にそこでやられた。

勝手にやられた感が、無くもないが、やられた。

 

これは、まさにヒューマンドラマだ。

 

2・26事件の知識と言ったら、

雪の日の未明に、誰かが、軍部か?政府か?何かにクーデターを起こした。

そんなくらいしかない。映画の知識にかぎりなく近い。

 

恥ずかしい。

日本の歴史教育を受けた人間の持つ弱点。それが近現代の日本史。

 

想い出す、

小学校六年生の時の担任の福島正章先生。

声のでかい、いい先生だった。

そういえば、地図帳貸したままだ。思い出した。

自分で、福島正則の子孫だといい。一字違いで確かに似てるがもちろんウソ。

鉄筋コンクリートのことを、鉄コン筋クリートといい。

林檎の蜜は、農家の人が、注射針で挿入している。もちろんウソ。

いろんな事、いっぱい教えてくれた。

会話の楽しさや、ユーモアとか、毒舌とか、

大人への階段を、少し広げてくれた、忘れられない恩師。

 

歴史が好きで、一年間のカリキュラムの半分くらいを、

戦国時代の勉強に費やしてくれた。

おかげで、戦国武将の名前はたくさん覚えたし、好きな武将も増えた。

 

後に司馬遼太郎の『関ヶ原』に出会えたのも、福島先生の

影響なくしては、出会えなかった。

 

半年以上、戦国時代だけの授業ってすごいよね!!

今ならありえない。

しかし、先生の話の面白いこと、楽しいこと、よく知ってること。

勉強って楽しいなぁって、唯一思えた時間かも知れない。

 

だから、僕は、

土器の時代も、平安京の時代も、明治維新以降ももちろん苦手。

 

しかし、それは、弊害では無い。

 

だって、歴史の面白さ、戦国武将の人間的魅力、うまくいかない時代の流れ

などたくさんのことを教えてもらった。

 

 

 

当然、この作品の、2・26も蒲生も良くは知らない。

 

知らなくても構わない。とでも言わんばかりに、作者は物語を進めていく。

小難しい、事件の背景などは最小限にとどめ、

 

人って?

 

時代って?

 

その時代に生きる意味って?

 

そんな、根源的な問いを投げかけてくる。

 

あるときは、平田に喋らせ、

あるときは、ふきに語らせ、

 

タイムトラベルと2・26事件という小道具を使いながらも、

宮部みゆきは、大切なことを教えてくれる。

しかも、恩義せがましくなく。

(女性作家だからなのかなぁ?ふとそう思ってしまう)

 

この物語は、ハッピーエンドなのだろうか?

それとも・・・・

 

 

読後感は、素晴らしく良い。

 

だから、いろいろあるけど、ハッピーエンドなのだろう。

 

自業自得とも言える駆け落ち組の二人以外は、

まずまずの人生を送ったようだし、

読者の皆が好きなふきさんは、幸せだったようだ。

 

 

様様な人と出会い、二つの時代を生き、稀有な体験をした、

主人公の尾崎隆史。

18にしてこんな経験してしまって、歪まないといいけど・・・。

 

 

ふきが、手紙に綴ったように

この世知辛い、平成の世を、どのように生きていくか、

非常に楽しみだ。

そして、頑張って欲しい。

 

 

 700頁弱という長編ですが、非常に読みやすく、

感情移入もしやすい。

積ん読してあったのが、もったいないくらいです。

 

 

暖かい、いい作品でした。

 

 

 

 

 

 

 

2016.12.15←討ち入りだねぇ                続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バトルロワイヤル』高見広春

以前、よく参考にさせていただいた、

『書棚』という個人の書評サイトが有り、

今は閉鎖されてしまっているので残念なのですが、

そこで今作品の評価が高く、

えっ?

『バトルロワイヤル』???

本当に良いの??

 

 

バトル・ロワイアル 上  幻冬舎文庫 た 18-1

 

殺戮を繰り返す、くだらない三文小説という認識でした。

それは、映画のイメージだったのかもしれません。

食わず嫌いはいかん、いかんと、

いつかは読もうと思って、上巻のみを購入して3年くらい過ぎてました。

 

たまたま、今回下巻を手に入れることができて、拝読いたしました。

 

日本という設定を外し、なんとか共和国であるとか、金八先生のパロディ、

そもそも、中学生のひとクラスでひとり勝ち(生き)残るまで、

武器を与えて殺戮を繰り返させる。

その導入は、おじさんにしては、ちょっと

『ぷっ!』ってなってしまう。

 

しかし、平易な文章とひとりひとりに与えられた、キャラクターの

わかりやすさで、どんどんとページが進む。

確かに、すぐ人が死ぬ。

これから国を支えていくであろう、中学生が、いとも簡単に死んでいく。

しかも殺し合っていく。

 

そこに、小説にありがちな小難しい解釈や講釈はつけずに、

口語調の文体でずんずんと物語を推し進めていく。

 

デイパックに異なる武器を各自に支給。

この設定はいいですね。

インシテミル』にもありました。

中には、これが武器ですか?みたいなものも。

 

それと、行動できる場所が、時間ごとに制限されていくっていうのもいい!

自分があまり、そういったミステリー小説を読んでいないだけかもしれませんが、

この長い物語の戦闘のルール設定って大事ですよね。

 

武器による差別化、そして、場所による閉塞感が生まれて

よりリアリティに感じられる。

 

各章ごと終わりに、書体変えて太字で残り何人とあるのもいい。

昔からあった手ですかね??僕には新鮮でした。

一定の時間ごとに、放送、発表される、死亡者の名前と立ち入り禁止エリア。

これも、読者を小説の中にぐっと押し込んでくれる。

 

先だって島に住んでた人の生活はどうなったんだろうとか、もはや関係ない。

だって、どんどんどんどん、さくさくと物語(殺し合い)は進んでいくんだもん。

もう、ページをめくる手が止まりません。

首が痛くなってきた。

腕がだるくなってきた。

スルメばっかり食べてたから、部屋がスルメ臭くなってきた。

 

小説でも映画でも、時として前半と後半が違う感じになってしまう作品に出会います。

 

例えば、千と千尋で、湯婆婆に会いに、湖上の電車で湯屋を出てしまう。

そこでとたんに、興味を無くしました。ずっと、湯屋で物語を続けていて欲しかった。

小説ですと、ちょっと古いけれど、

遠い海から来たCoo景山民夫さんの名作です

前半の叙情豊かな物語と後半の核実験やらの血なまぐさい話になってしまって、

あぁあ!ってなってしまった。

なんで、ずっときれいな海での話にしといてくれないのさ!

 

この作品は、一種のクローズドサークルなので、その心配はなく安心でした。

 

ということは、国家指令同様、ずっと殺し合いなんだな、これが。

しかも狭い島の中。

いやぁ、設定勝ちでしょ。

潜水艦映画に駄作なしと言われるように、

クローズした途端名作生まれる予感アリだもんね。

 

しかし、

設定や前進するストーリーは、素晴らしいものの

地理や建物などの状況の描写(説明)がもう少しこなれていれば、

また、シンプルな口語体で読みやすいのですが、

もう少し、文章に、なにか魅力が加われば、

作品自体の

『格』や『品』

につながったのでは、と思います。

 

一方、それはないものねだりであって、

このストーリーにマッチした文章だとも正直思います。

 

登場人物が、どうのこうのというのは、今日読み終えておいて、

僕の脳みその記憶力が殊のほか性能悪く、

もうほとんど覚えてないので、割愛しますが、(っていうか覚えてない)

 

登場人物の設定が非常にわかりやすく、区別がつきやすい。

精神的に発展途上の中学生なら、もっと似通っていてもよさそうだけど、

主要な登場人物のキャラ設定は秀逸。

 

殺し合いの中に、ふと、本来の人間性や情愛を垣間見る暖かなシーンがこれまた秀逸。

 

いわゆる、対比の素晴らしさですね。

 

殺人鬼にも五分の魂ってね。

 

中学生のほのかな恋心っていうのも、非常にいい。品がいい。

 

作者の、そしてこの小説の持っている『前進力』とでも言おうか、

非常に素晴らしい推進力に、身をゆだねました。

 

小説に身を委ねる

 

なんて素敵なことか・・・・

 

ラスト、少し、ぼやかして、続編もありえると思いましたが、

 

ラストの、

盗作だった、いやはや。

ってなんですか?どなたか教えてください。

 

作者の高見広春氏はこの1作で、文壇から姿を消しています。

 

 

虎舞竜のロード『第〇章』ってのもありましたが、

part2、part3で稼げたんではないでしょうか?

あまり、続けるのも愚の骨頂ですが。

 

下世話ですが、映画化され、億単位のお金が入ったことと思います。

そもそも、ものすごく文壇で叩かれた作品でしたので、やる気喪失したのでしょうか?

 

しかし、作家って、書く事こそ命だと思うんです。

 

面白い後日談でも、書いてくれないでしょうか?

 

期待してます。

 

 

 

 

 

 

追伸

文庫版のあとがきは、まさに蛇足です。

本作読了後すぐには、

読まないほうがいいです。僕にとっては、作品の素晴らしい読後感が損なわれました。

 

 

 2016.12.12                         続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近の読書

NC3

いわゆる三代目ロードスターを購入して、

人生最後のマニュアルを楽しむんだといきがって始めたこのサイト。

しかし、ロードスターはあまり出てこない。

クラシックの活動は相変わらずだが、コンサートにも、足が遠い。

 

今は読書三昧の日々。

久しぶりの本に囲まれた生活。

テレビよりも面白い。

当たり前だ!

サラリーマン時代の、通勤往復2時間の時間を惜しんで

活字を読みふけった頃から数十年。

じゃなかった、十数年。

 

今回、秋の夜長に決意した読書生活が始まった。

 

本屋に行くと、当然ながら、数え切れない程の本がある。

 

 

いつも思う、

 

死ぬまでにどれだけの本が読めるだろう。

年間100冊でも、100歳で、一万冊。

 

おぉ、結構読むなぁ!

でもそんな読めない。

 

これだけクラシックが好きでも、独逸、墺太利に行けてない。

バイロイトだってもちろん行ったことない。

ましてや、日本人、しかも神奈川に住んでて、富士山にも登ってない。

東京タワーだって登ってない。

わんこそばだってたべたことない。

岩泉だって行ってみたいし、

備前焼の備前にも行ってみたい。

人生、意外と長いようで長くない。

いろいろ出来てるようで何も出来てない。

 

本ぐらい、失敗なくいい本に出会いたい。

 

いい本もあれば、悪い本・・・・

悪い本というのはないかな・・・

感動できない本。というのはあるだろう。

できれば限られた、出会える本とは、

すべて感動を共有したいもの。

 

 

本を読むの(選ぶの)に参考にするブログがたくさんある。

うちのひとつ、

 

『読書は死ぬまでの暇つぶし』

 

内容もさる事ながら、なんと素晴らしいタイトルだろう。

 

『そのとうり!!』と思ってしまう。  

 

 喝采。

 

『読書は死ぬまでの暇つぶし』ってことはだ、

 

人生もまた、暇つぶしなわけだ!!

 

ブラボー!!

 

 

 

 

10月から読み始めた本を、忘れないように書いておこう。

 

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)

スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)

かのこちゃんとマドレーヌ夫人 (角川文庫)

カラフル (文春文庫)
出口のない海 (講談社文庫)
流星ワゴン (講談社文庫)
凍りのくじら (講談社文庫)
ゼロの焦点 (新潮文庫)
名探偵に薔薇を (創元推理文庫)
偉大なる、しゅららぼん (集英社文庫)
4TEEN (新潮文庫)
本能寺〈上〉 (角川文庫)
 
一番良かったのは、
 
信長の棺の上巻
 
名探偵に薔薇を
 
 
プリンセストヨトミ
 
このくらいでしょうか。
 
今度から、一冊づつ忘れないように書き留めることにします。
すぐ忘れちゃうから。
 
 
2016.12.12                           続く
 
 
 
 

 

諏訪内晶子素晴らしい! チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35 ヴァイオリン:諏訪内晶子 ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団 2016年5月30日 サントリーホール

 

2016年5月30日 サントリーホール

 

ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグフィルハーモニー交響楽団

 

チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35

ショスタコーヴィチ交響曲第5番 ニ短調 op.47

 

指揮:ユーリ・テミルカーノフ
ヴァイオリン:諏訪内晶子

 

 

正直、プログラム見て序曲欲しいなと思いました。

 

結論、必要なかったです。

 

結果、冒頭なのにすでに蛇足でした。      ちょっと解釈難しい。

 

序曲が欲しいと思ったことが蛇足。

 

 

悲しいかな、ムラヴィンスキー指揮では聴けなかったものの、

20年ほど前にこの指揮者とオケのコンビで、チャイコフスキーの5番を聴いている。

 

・・・・・・感想・・・・・可もなく不可もなく

 

解釈に山や谷がなく、少し寂しかった。

 

・・・・ですから、今回の、このプログラム、

 

に、

 

2万円を払う勇気は、いささか躊躇したのを告白する。

 

昨年の、諏訪内さんとフィンランド放送響とのシベリウスの名演が、心に残り、

今回チャイコフスキーでまたあの感動が味わえたらというのが本心。

 

ショスタコーヴィチの5番は、おまけ。

 

今回残念なことに、テレビの収録も本格的な音源の収録もなかったようだが、

コンチェルトが始まって感じたのは、

聴衆の集中力が肌で感じ取れること。

 

1万オーバーのコンサート会場で感じられることだが、

元を取らなきゃと感じているのか、

はてさて、たかがクラシックコンサートに1万、2万と払える御仁は、

そもそも、礼儀正しのか、

在京オケの時のザワザワ感とは、少し違う気がする。

 

チャイコフスキー冒頭、オケの前奏のなんとも渋い音質。

そして一体感!

 

素晴らしい。

そして独奏が入って、

 

デュナーミクだが、アゴーギクだか知らんが、

ヴァイオリンの序奏から主題に入るその一音。

 

もう、うっとり!!

 

どのソリストも気を遣う、場所だろうが、次元が違うか?

 

千住真理子さんの同曲も聴いたけど、格が違う。

 

宇野功芳が以前、全盛期の諏訪内晶子はホールの磁場を変えた。

と言っていたが、なんとなく、理解できた。

 

 

今回サントリーホールのRB席の前から2番目だったもので、

 

諏訪内晶子さんが、指揮のテミルカーノフを見るたびに、

こっちを見てるような気がして、

 

いや、明らかに自分を見てるような気がして、

 

 

 

まさに、

 

 諏訪内晶子

独り占め!

 

 

指揮者の体が、ヴァイオリンをさえぎってしまって、

ソロの音が、若干直接音になったり、間接音になったりはするものの、

非常にいい席だった。

 

ヴァイオリニストは、体揺らすからどこに座っても同じような状況が

起こりうると考えられる。と思うことにした。

 

1楽章は、曲間ながら拍手が出てもおかしくないような演奏。

2楽章、3楽章は、もう終わっちゃうの???

 

って感じたくらい、

 

この場に、ずっと浸っていたいと思わせた。

 

途中クラリネットの1番奏者のなんとうまいこと。

木管全体的に相当なレベルではあるが、クラリネットの男性、ずば抜けていた。

 

コンチェルトは、ファーストヴァイオリンが13人で6.5型っていうのかな?

コントラバスは、7本。

 

シンフォニーよりは、当然小型なものの、ひとりひとりの体が大きいのか、

舞台がえらく窮屈に見えた。

 

淡い紫のドレスの諏訪内さんは、何度も呼び出され、

拍手の音もひときわ大きく、名演だったことが証明された。

 

いやぁ、夢のような時間でした。

 

 

・・・・オケの状態が非常によろしく、諏訪内さんも弾きやすそうでした。

 

 

ソリストのアンコールがほしかったけど、まぁまぁ、しょうがないでしょう。

 

諏訪内さんオケの人からの評判いいのかなぁ。弾いてて楽しそうでした。

 

きれいで、楽器が上手で、人柄もいい・・・・

 

うーーーん。

 

困った困った。

 

 

 

ショスタコーヴィチの5番は、正攻法の名演でした。

金管が、舞台右はじで、(自分の足元奥に布陣のため)

間接音でしか聞けなかったのは、

少々残念ではあったが、ド迫力の安定した名演でした。

 

出色は、アンコールのエルガーエニグマからの『ニムロッド』

出だしの和音が、無から形成される今まさにその瞬間。

 

なんて書けばいいのか、

 

空気が音に変わる瞬間が、見えた!

 

とでもいうべきか?

 

お国もの2曲の後になぜにエルガーとも思いましたが、

演奏は素晴らしかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいや、よかったよかった。

 

満足満足。

 

 

2015.5.31                     続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オバマ大統領・・・よく来た!!

オバマ

 

 

人類史上初の原爆投下から数えて71年。

アメリカの大統領が、広島の地にやってきました。

原爆投下により一瞬で、非戦闘員を含む14万人

 

 

日本人の命を奪った国の親玉

やってきました。


びっくりです。

 

正直、よく来たね・・・


・・・・

 
僕の生まれた、昭和40年代。

親に連れて行ってもらった新宿のガード下に、軍服を着て

背中に血の付いたような、しかもたくさんの署名のある日の丸を掲げて、

戦争で失われたと思われる、 ひざから下を皆の目にさらしていた軍人さんがいた。

椅子に座り、お金を恵んでもらうための缶が1つ ぽつんと置いてあった。

カセットで軍歌が聞けるわけでもなく、

旧軍人さんは喋りもしない。

そもそも音がしない。


子どもながらに、

 


怖かった

 


のを覚えています。昭和40年代・・・・・・・・・まだ多少の戦後が残っていた。


 
 

平成の、

今でこそ戦後の話をしても、いつの戦争の『戦後』だと断りを

入れねばならないくらいの幸せな世の中。

しかしまだまだ、今現在も原爆の影響で苦しんでいる人たちがいる現実・・・・・

数年前、広島の原爆ドームに行った際タクシーの運転手さんとの会話で、

いまだに、隣のおじいちゃんは原爆の影響が残り、つらそうにしていると聞き、

 

物見遊山の広島見学で原爆資料館を見て涙を流し、

日本人づらしていた自分に腹を立てたのを思い出す。


 
アメリカの若い世代はともかく、

いまだに戦争終結のための原爆投下は正しかったというのが米国の大半の世論である。

 

何故?    なにゆえと読む

 

原爆投下したからこそ、戦争が終わり、無駄な殺生をまぬがれたということらしい。

(この部分、私は、アメリカ国民でないので非常に表現しづらい・・・・というか、できない)
 
オバマ広島来訪にあたり、原爆資料館の館長さんが、

大統領には被爆した学生たちの気持ちを感じてもらいたいと語っていた。

 

なるほど!!

 

何人死んだ!

 

じゃないんだ!!

 

誰が苦しんだかが??

 

重要なんだ!!

 

改めてみれば当たり前のことも、こう聞くと感慨深い。

 

戦闘員も人の子である。戦死すれば親や子、その悲しみは、はかり知れない。

しかし、非戦闘員いわゆる

女子供・おんなこども・

は犠牲者になってはならない。

 

そう!!!

  

戦争の最低限のルールとして、湾岸戦争でも、ベトナム戦争でも、
 
これは当たり前のことだろう。


・・・・・・それが、たとえ、

71年前であったにしても・・・・

 

 

 


 
そういった、恨みつらみがあるにせよ、
 
オバマさん、本当によく来てくれた。
 
素晴らしいことだと思う。
 
しかし、もっと素晴らしいと感じたのは、

我が国日本の世論調査での、オバマ大統領に『謝罪』してほしい。

とした人が、全体の14パーセントであったこと ・・・・これにはびっくりした。
 
謝罪よりも、大切なことは、来てもらうことだったのだ。

 

高貴なそして、和を貴しとする

我が日本人の国民性に感動する。

 

 
中国の新聞には、日本だけが悲劇のヒロインになろうとしている。

などと書かれたようだ。

さもありなんだ。さすが中国だ。

韓国に関しては、大統領の口から『韓国』との言葉が上ったことから、

いささか軟調であった。
 
真珠湾攻撃靖国問題慰安婦問題、北方領土竹島領土問題・・・・・・
 
解決すべき、日本の外交問題は山ほどあります。
 
日本の歴史を背負って一人の政治家が謝罪するというのは恐れ多くてできなかろうし、

独断で謝罪してもらってもそれはそれで困ります。

しかし、日本国民の多くが感じている

 

『謝罪でなく、広島に来てくれればいいんだ! 』と

 

こういった優しく素晴らしい気持ちがあれば、

すぐにとは言わないまでも、何かのカンフル剤にでも!と思ってしまう。

 

 

自分だけよければ、を地で行く中国には

当分、反面教師でいてもらえばいい。

 


 
何しろ、原爆投下国の大統領が71年ぶりに広島を訪問した事実。

日本の膠着しているアジア外交に一石を投じるオバマ大統領の壮挙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何しろ、老婆心ながら・・・・何も起きなくてよかった。と思う。

発砲とかテロとかあったらほんと、大変だって・・・・・

 

 

 

 

2015.5.31                        続く